徳島県立博物館所蔵   所々真景草稿

 幕末から明治時代にかけて活躍した絵師・守住貫魚の弟子だった村瀬魚親の作と考えられます。
 1871年(明治4)、古代の忌部神社を国幣中社に列格するにあたり、所在地をめぐる論争が起こりました。この絵巻には、その際に焦点となった美馬郡西端山(つるぎ町貞光)の五所(御所)神社に関連する伝承地や宝物などが描かれています。
 なお、論争は1885年(明治18)、徳島市勢見山に社地が求められ、1887年に遷座祭が行われて新しい神社が創設されることで終息しました。